研究紹介(1)

東シベリアの森林攪乱が生態系炭素収支に及ぼす影響

背景

北方林(boreal forest)は熱帯林と並んで,地球上の大きな面積を占める森林生態系です。中でもロシアの森林は世界の森林面積の9%を占め,国別で世界最大です。広大な森林地帯は,地球温暖化をもたらす温室効果ガス・二酸化炭素の大きな吸収源として期待されます。
シベリアのタイガは地域により優占する樹種が異なり,ヨーロッパシベリアではトウヒ,中央シベリアではアカマツ,東シベリアではカラマツが優占します。ヨーロッパシベリアや中央シベリアに比べて,東シベリアのカラマツ林での観測事例は少なく,森林の二酸化炭素吸収能を調査する必要があります。
東シベリアも他の北方林と同様に,近年森林火災が多発し,森林衰退の一因となっています。火災は立木,下草,土壌有機物を燃焼するため,森林が長年蓄積した炭素が一気に二酸化炭素になって放出されます。被害が大きいときは樹木が枯死し,光合成による二酸化炭素吸収が停止します。火災による樹冠喪失は環境の変化をもたらし,場合によっては永久凍土の進行性融解によって不可逆的な森林消失をもたらします。森林火災は森林の更新を促進するため,負の側面だけではありませんが,気候変動によって今後さらに火災頻度が高くなると,この地域の森林の二酸化炭素吸収能の低下が懸念されます。

目的

健全なカラマツ林と森林攪乱地(伐採跡地)において生態系二酸化炭素収支を長期間測定し,カラマツ林の二酸化炭素吸収能を調査することと,森林撹乱によって二酸化炭素吸収能がどのように変化するかを調査することを目的としています。

方法

ロシア連邦サハ共和国ヤクーツク近郊のカラマツ林の中にタワーを建設し,渦相関法によって森林と大気の間の二酸化炭素交換速度を連続観測しています。観測は1999年に開始し,5月から9月までの期間,連続観測しています。測定には,超音波風速計,赤外線ガスアナライザなどを使用し,気象要素や地温,土壌水分なども同時に測定しています。
カラマツ林観測サイトに隣接する場所が2000年11月に伐採され,2001年からはこの伐採跡地でも同様の測定をおこなっています。

これまでの結果

これまでの観測から,次のようなことが明らかになりました。
  1. カラマツ林は6月から8月まで二酸化炭素を吸収し,夏季の総吸収量は81〜126 gC m-2でした。
  2. このカラマツ林の吸収量は,中央・ヨーロッパシベリアのアカマツ林やトウヒ林で報告されているよりも小さいですが,これは森林のバイオマスが小さいことと整合します。
  3. 森林伐採後1年目に,伐採跡地では大きな二酸化炭素放出が観測され,夏季の総放出量は264 gC m-2と,カラマツ林の吸収量の3倍近くになりました。
  4. この伐採跡地では幸い永久凍土融解は限定的で,地表植生が回復しつつあります。その結果,二酸化炭素放出量は年々減少していますが,再び吸収源に回復するにはまだ長い年月が必要です。

今後の課題

観測を継続して,カラマツ林の二酸化炭素吸収能の年々変動,伐採跡地の植生遷移と二酸化炭素吸収能回復を継続してモニタリングすると共に,土壌呼吸,植生・土壌の炭素蓄積などを総合的に調査し,この地域の森林の炭素循環を明らかにします。また二酸化炭素と共に重要な温室効果ガスであるメタンの動態も,調査測定します。

2002年の生態系炭素収支
2002年(伐採2年目)夏季5ヶ月間の生態系炭素収支(gC m-2 (5month)-1
NPPは純一次生産(植物生産),HRは従属栄養呼吸(動物,菌,細菌による有機物分解),NEPは純生態系生産(二酸化炭素固定量)。カラマツ林は光合成により二酸化炭素を固定しているが,伐採跡地では土壌有機物の分解が活発で,大量の二酸化炭素を放出している。

写真集

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