研究紹介(4)
維管束植物の葉面吸水・下向き水移動
背景
導管と篩管を持つ維管束植物(ふつうの植物)は,根から水を吸い,導管を通じて葉に運び,気孔から蒸散させています。このとき,植物の茎の中には,上向きの水流が発生しています。これを蒸散流といいます。この蒸散流と逆方向,すなわち下向きの水移動があるのではないか?あるときふと思いついたのです。
それは,このようなきっかけでした。降雨遮断過程を微気象学的に表現するモデルづくりを目指していたのですが,観測結果をうまく説明できないのです。降雨遮断過程は一般に,雨水の植物体表面への捕捉と降雨中の蒸発として説明されています。しかし観測結果は,考えうる植物体捕捉量と蒸発量よりも,はるかに多い雨量損失を示しました。
そこで,今まで考慮されていなかった未知の降雨遮断過程を探しました。そのひとつが,植物が雨水を吸収して体内に取り込んでいるというアイディアです。
試しに,アオダモの枝に茎熱収支プローブを設置したところ,確かに降雨中に下向きの樹液流を確認しました。このときは詳細な植物生理学的検討をおこなえませんでした。
目的
この研究では,降雨中の樹液逆流を定量的に測定すると共に,その通水経路を特定し,また植物水分生理に与える影響を調べることを目的としています。
方法
まず,通常の測定対象である上向きの蒸散流測定法の計算方法を改良し,下向きの樹液流を精度良く計算する方法を開発しました。次に,自然降雨中の樹液流挙動を測定するとともに,グロースチャンバで環境を制御し,散水時の樹液流挙動も測定しました。この実験では,散水前後の葉の水ポテンシャル,土壌水分ポテンシャル,気孔抵抗も測定しました。また着色水を散水し,吸水経路を観察しました。
これまでの結果
これまでの研究から,次のようなことが明らかになりました。
- 樹液流測定法である茎熱収支法とHRM(ヒートパルス法の1種)の計算方法を改良し,プローブの非対称性の補正と低流量時の測定制度向上をおこないました。
- アカガシ,クスノキ,ケヤキ,オガタマ,クロガネモチなど多くの樹木で,降雨時に樹液逆流が発生することを観測しました。
- 降雨開始後,樹液逆流は末梢から開始し,根元では遅れて発生しました。落葉樹では落葉後は樹液逆流が発生しなくなりました。
- 一降雨中の樹液逆流総量は,降雨継続時間に強く依存しました。
- 散水実験では,葉の両面に散水しても上面のみに散水しても,樹液逆流が発生しました。暗条件でも発生しました。
- 葉への散水後,葉の水ポテンシャル(絶対値)と気孔抵抗が低下しました。一部の葉への散水をおこなったところ,散水した葉だけでなく,散水しなかった葉でも水ポテンシャルと気孔抵抗の低下が見られました。また散水中は,土壌水分ポテンシャルが振動する現象が見られました。
- 着色水を散水したところ,葉柄と枝の維管束にも着色がみられました。
- 以上から,降雨時の樹液逆流は葉の表皮ワックス脱落によってアポプラストに浸入した水が維管束に達したものと考えています。
- 精密な算定ではありませんが,総雨量の数%が吸収されているとみられます。
今後の課題
雨水吸収,樹液逆流現象には,植物体内の水ポテンシャル勾配が関係していると考えられます。降雨時に植物の水ポテンシャルを測定することは困難ですが,挑戦したいと思います。
研究成果の発展性
維管束植物が雨水を吸収していることがわかると,次のようなアイディアが沸いてきます。
- 樹高50mの高木の末梢の葉には,重力ポテンシャルだけで初期萎凋点に相当する水ストレスがかかっています。栄養塩はさておき,水だけを得るなら,根ではなく葉から吸収する方が楽です。
- 世界で最も背が高い,カリフォルニアのレッドウッドの森は,樹高100mもの巨木がそびえています。降水量は少ないですが,霧水が樹体に触れて滴下する樹雨(きさめ)によって不足しがちな土壌水分が補われていると言われています。ここでも,霧水を直接葉から吸収できれば,水の獲得に有利です。
- あるトマト農家は,果肉の糖度を高めて品質を向上させるため,土壌への潅水をおこなわず,霧を葉に噴霧しています。トマトの原産地であるアンデス高山の気候から考え出した方法だそうです。やはり葉からの吸水がおこなわれていると見られます。
降雨時の樹液流量変化の一例
ポット植クスノキの幹の上下2箇所に茎熱収支プローブを設置し,降雨時の樹液流量変化を測定した。
降雨開始後,まず上側プローブで逆流が開始し,次に下側プローブで逆流した。
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