Mission & Activity







光量子ビームの医療応用に興味がある人、この指とまれ!


   生体組織内における光の伝わり方を理論的に扱う生体組織光学(tissue optics)を基礎として、レーザーなどの光量子ビームを用いた医療に関する基礎研究から臨床応用までの幅広い研究を行っています。実際に臨床で使っていただける医療機器を目指して研究開発を行っており、多くの医師や歯科医師の先生方、医療機器メーカーの方々との共同研究を行っています。
   まず、日本における医療の課題として、超少子高齢化と、治療に用いられている医療機器のほとんどが海外の製品であることが挙げられます。日本は世界の中でも特に少子高齢化が進んでおり、2019年の統計では平均寿命が男性で81歳、女性で87歳と長くなっている反面、介護を必要とせずに過ごせる健康寿命は男性で72歳、女性で76歳であり、平均寿命と健康寿命に10年近い差があります。そして、現在ではヤングケアラー、老老介護、認認介護など介護の問題や、高齢者が運転する自動車の事故のニュースが日常的に報道されるようになっています。このような状況において、現在、当研究室では医療の中でも平均寿命と健康寿命の差を縮めることに重きを置いています。将来は海外でも少子高齢化が進むと予想されているので、日本が世界に先駆けて取り組めば、その成果が世界に波及していくと考えられ、海外製品が主体となっている治療用医療機器の市場に変化をもたらすことができる可能性もあります。
   どのような疾患でも症状が重篤になってからの治療は困難で、費用も高額になるため、医療従事者が不足してくる超少子高齢化社会における医療においては予防と早期発見、早期治療が重要になり、レーザーやLEDなどの光量子技術の活躍が益々期待されます。自覚症状が無い方々は定期健診や人間ドックのような機会が無ければ病院に来られることはありませんので、既にヘルスモニタリングに活用され始めているスマートフォン、スマートウォッチ、ベッドやトイレなど、誰もが日常的に使用するものをうまく利用していくことが有効であり、光量子技術の活用にはまさに最適です。
   医療機器の実用化には有効性と安全性の科学的な実証が必要で、当研究室では実験に加えて計算機シミュレーションを活用することでこれらの評価を効率的に実施できるようにすることを目指しています。これまでに、下肢静脈瘤、前立腺肥大症、および皮膚良性色素性疾患などの治療のために海外のメーカーで開発されたレーザー装置を国内での実用化に導きました。また、神戸大学の消化器内科と共同で開発した早期消化器がん治療用レーザー装置、および大阪歯科大学や大阪大学の歯学研究科と共同で開発したLEDの光で歯の硬さを測定して虫歯を診断する装置は、国内医療機器メーカーの協力を得ることができ、前者は製品化の一歩手前まで来ており、後者は製品化を実現しました。
   大阪大学は古くより産学連携に力を入れていることに加え、吹田キャンパスには医学系研究科、歯学研究科、薬学研究科、および工学研究科が共存しており、医工連携には最適な環境です。このメリットを活かし、以下のように医学、歯学、薬学の3分野との連携を進めることで平均寿命と健康寿命の差を縮めることを目指しています。

医学分野

   日本人の死因の上位であるがんや、動脈硬化等の血管疾患などに対する診断・治療について、生体組織光学に基づく研究を行っています。例えば、がん細胞へ集積する性質を持つ薬剤へ光を照射して発生する蛍光と活性酸素種を利用して、蛍光で数mmの小さながんも発見できる光線力学診断(photodynamic diagnosis; PDD)、活性酸素種でがん細胞を選択的に死滅させる光線力学療法(photodynamic therapy; PDT)は、がんの早期発見、早期治療に適した手法です。既に臨床でも使われていますが、深部のがんには適用できないなどの課題があり、これまでよりも優れた診断・治療を実現できないか検討しています。
   生体組織光学に基づいたシミュレーションを行う上では生体組織の光学特性値(吸収係数、散乱係数、散乱異方性因子、屈折率)を正確に把握する必要があり、これらを測定する技術の開発も行っています。これまでは摘出して切片状に加工した組織に対する測定しか行えなかったため、生きたままの生体組織の光学特性値を測定する技術の開発は重要であり、診断・治療だけではなく日常的なヘルスモニタリングへの活用も期待できます。

歯学分野

   現在では口腔内の健康状態が全身の健康状態に影響することが知られています。例えば、口腔内の歯周病原因菌が血管内に侵入することで動脈硬化や認知症、脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病など様々な疾患の原因になり得ることがわかっています。また、食べることは健康な生活を維持する上で最も重要なことの1つで、より多くの歯をより長く健康な状態に保つことは平均寿命と健康寿命の差を縮める上で欠かせないものと言えます。虫歯の予防と早期発見のために、光を用いて歯の硬さを測定する技術の研究を行っている他、虫歯や歯周病の早期発見、早期治療により適した光医療機器の検討も行っています。

薬学分野

   新薬の開発には平均で10~15年程度の期間と8億ドル以上の莫大なコストを要し、効率的かつ迅速に開発を進めるには候補物質の生体内における挙動(薬物動態)を効率的に評価する必要があります。薬物動態試験に用いられているオートラジオグラフィは放射性同位体で標識した薬剤の分布を測定する手法ですが、放射性同位体による標識にコストがかかり、測定に数日を要する、薬剤と代謝物との区別が不可能であることなどの問題があります。このような課題を解決するため、当究室ではレーザーイオン化を用いた質量分析イメージング(mass spectrometry imaging; MSI)の研究を行っています。当研究室で独自に開発している赤外線レーザーを用いた大気圧イオン化を利用することで、従来よりも容易かつ高速なMSIを実現することを目指しています。新薬開発の高効率化は、将来的には個人の体質や症状に合わせた個別化医療の実現にもつながります。
   また、PDDやPDTで使用されている薬剤に光を照射すると活性酸素種による酸化作用で薬剤自体が化学変化します。その反応で生成された分子をPDD、PDTに有効活用することでこれらの効果を高められる可能性があり、このような反応過程を詳細に調べるためにも質量分析技術を活用しています。

   ここで挙げた研究内容は当研究室だけで実現できるものではありませんので、多くの大学や企業の方々と共同で研究開発を進めています。興味を持っていただけた方は是非一緒に研究しましょう。この指とまれ!

   連絡先:hazama-h[at]see.eng.osaka-u.ac.jp